※制作が長く渡ってきたので経過をまとめています。
※作品はこちらからご覧いただけます
▶︎Eternal mirror 作品
▶︎Selected WORKS (近作〜過去作品)
2020年10月
島根県出雲市にふらりと旅をした。
そこで地元の方が、ここは沈む太陽に手を合わせる場所、と教えてくれた。
無事に終えた今日に感謝する。
沈む太陽があれば昇る太陽があるということを実感した。
私はいつも暗闇を潜って、その先に続く世界をイメージして制作を行うところに
自分の制作の本質を感じる。
12月の展示の際に、出雲で撮影した風景を取り入れようと考えている。
今出会えた場所からこれから続く世界へ、たとへどんな場所であれ必要な場所に導いてくれるようだった。
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2020年9月
コロナウィルスは少しづつ小さくなりながらもまだ世界を覆い続けている。
いよいよ薬も開発されたようで、収束も近づいていることを願う。
現実的に有効性のある薬の存在ほど心強いものはない。
私も、昨年から始めた新薬のおかげで信じられないほど生活が変わりました。→経過はこちらから
時々、まるでアレルギーがなかったことにしてくれる気にさえさせてくれます。
ただ、ある時突然、忘れさせないように露われてくる。
過去についてしまった傷も残り続ける。
それでも今の私は確実に変わっていることを実感しています。
薬で治る病気は薬で治してもらいましょう。
薬で治らないものは、心を揺さぶられる表現に出会うのがいい。
私はその存在でありたいです。
雑感
普段から家とスタジオの往復だけで、私の場合は階段の上下だけなので
新しい生活、という実感は
マスクをどこに居てもしていないといけないこと。
あまりに長い期間の習慣なので、
マスクを外した顔は下半身を露わにしている気にさえさせる。
そもそも顔にも穴があるんだからマスクすることが正しいのかもしれない。
​早く脱ぎたいけど。
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​ 2020年05月15日
コロナウィルスが世界を覆う。
これまで生命の中にある存在を描いてきました。
その中には自身を脅かす存在も共に描いてきました。
私には長い間自身のアレルギー体質の問題があり、
排除することはできないということが、この何十年の間に痛感したことです。
戦う、という選択は苦しい。
共存
私は病気と共に生きるということを選びました。
その感覚が持てた時に生きていることが軽くなりました。
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〜2020年
なぜ自分の細胞を描かないか。
以前の作品は自分を主体に制作してきました。
Eternal mirrorは無名の細胞、人間、動物問わず、心象風景に近いイメージを抽出しています。
そうすることで鏡に映る自分、他者の細胞の中に自分を見つけることができていると感じます。
このことが自分を考える方法として制作につながっています。
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鏡は傷をつけてはいけないものか。
日本神話には天照大神の話より、鏡には映ったものが宿るということ。
神鏡、見えない自分の心を神鏡に映してふりかえるという行為。
鏡を傷つけるということは神を自身を傷つけるいう行為なのか。
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ここで他者は他者なのか。という問いが生まれました。
鏡を支持体にすることは他者と同じ空間に居ることをより強く認識することを可能にします。
その他者と分断している肌の存在を境界の無い存在としてどのように表現するか、現在に至ります。​
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2018年〜
生命の起源は、細胞の誕生から始まる。
目を閉じると身体/肌の感覚を失い、他者と分断している境界の無い世界が内側に広がって行くイメージが生まれます。
35億年も前は元々は同じ細胞から生まれているということ。わたしにも35億年前の細胞のかけらが存在するのか。
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【2015年〜2019年までの​作品展開の流れ】
2015年〜作品テーマを内側を探るように、
神経や体内の顕微鏡画像から構図〜細部をイメージし浮き上がらせたい存在を彫り起こす作品を開始。
肌をテーマに作品を制作を始めた頃から体内の顕微鏡画像を集めていました。
体調を崩している時もその細胞を眺めていると、寄り添っているように、あるいは家族の団らんのように見えたり、
群衆で動く様子が内に新しい惑星があるように感じられました。
身体の中にそんな風景があったり、物語があると思うと不思議と優しく温かい気持ちになりました。
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2007年〜制作したサンドブラスト技法による作品があります。
機械で行う作品は見た目はとてもきれいですが心の起伏が表せていないようでした。
2011年より改めて模索し、傷で彫む方法(スクラッチ)を本格的に始めました。
※制作が長く渡ってきたので経過をまとめています。

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